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カルシャ、ストンデ、ザングラ:ザンスカール僧院遺産をたどる旅

はじめに

インドのヒマラヤ山脈の奥深く、険しい峰々が雲を抱き、静寂が空気に満ちる谷に、長い歴史と祈りの伝統が今も息づいています。ここはザンスカール。祈祷車と石の宮殿、僧侶の読経と忘れられた女王たちの物語が交差する、時が止まったような場所です。そこに佇むのが、カルシャ、ストンデ、ザングラという三つの聖地です。

ここは、ただの観光地ではありません。ここには、数百年にわたってこの地を支えてきた仏教文化の記憶と精神が、今も確かに残っています。それぞれの僧院や砦には、信仰、忍耐、そして失われた統治の物語が息づいています。心からこの地を知りたいと願う旅人にとって、ここはまさに“魂が自由になる場所”です。

なぜカルシャ、ストンデ、ザングラについて書くのか?それは、これらの場所が単なる景勝地ではなく、ザンスカール文化の中核を成す場所だからです。ラダックの多くの地域が観光開発の波にさらされている中で、ザンスカールは今も静かで手つかずのまま、時間の中に守られています。

ザンスカールへ向かう旅は、まさに冒険です。ペンジ・ラの峠を越え、ザンスカール川の流れをたどり、わずかな人々しか住まない谷へと入り込んでいきます。ですが最近、道路の整備が進み、隔絶された地も少しずつ世界とつながり始めています。だからこそ今こそが、この地の静けさがまだ残っているうちに訪れるべき時なのです。

このガイドでは、カルシャ、ストンデ、ザングラという三つの聖地を丁寧に紹介していきます。これらは単なる観光名所ではなく、ザンスカールの精神的な柱であり、過去と現在を結ぶ橋です。カルシャ僧院は何世紀にもわたり祈りを絶やさず、ストンデは崖の上にひっそりと輝き、ザングラは王家と冒険の記憶を今に伝えています。

以下のセクションでは、それぞれの場所の物語を深く掘り下げ、旅の実用的な情報と共に、心に残る体験へと導いていきます。この旅は、ただの移動ではありません。聖なる空間への一歩なのです。

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ザンスカール渓谷が特別な理由

インドには、聖地や美しい山々、古い文化にあふれた場所が無数にあります。その中で、なぜザンスカールが特別なのでしょうか?その答えは、この地に満ちる自然の力強さ、深い精神性、そして静けさの中にあります。ザンスカール渓谷は、単に人里離れた場所というだけではなく、まるで時間そのものが瞑想しているかのような世界です。

地理的に見ると、ザンスカールはインドでも最も孤立した地域の一つです。ザンスカール山脈とヒマラヤ山脈に囲まれ、北のラダックと南のヒマーチャル・プラデーシュの間にひっそりと横たわっています。一年の大半は雪によって閉ざされ、アクセスは困難ですが、そのおかげで、この地の文化と信仰は今もほとんど変わらず保たれています。

この地にある僧院は、単なる観光名所ではなく、今も生きた精神的な拠点です。僧侶たちは、石造りの古い広間で祈りを捧げ、若い修行僧はバターランプを持って回廊を巡り、色褪せた壁画は今も静かに教えを語りかけてきます。何百年も続いてきた暮らしと信仰が、当たり前のように日常の中で息づいています。

ザンスカールがこうして伝統を保てたのは、アクセスの困難さゆえです。外の世界から隔てられていたことが、この地に“本物”を残してきました。それは経済発展の遅れでもありますが、同時に、かけがえのない文化遺産の保護でもあります。

もう一つの特別さは、人々の強さです。標高3,500メートルを超える過酷な自然の中で、人々は自然と共に生き、宗教と共同体に支えられながら暮らしています。厳しい冬、限られた資源、それでも彼らは静かな誇りを持ってこの地に生きています。

旅人がこの地を訪れるとき、それは単なる“風景”を越えた体験になります。氷河の水で潤う大麦畑を歩き、風に揺れる祈祷旗を見上げ、瞑想するような静けさに包まれながら山道を進む――そんな瞬間に、ザンスカールの真の魅力が姿を現します。

観光というより、文化との出会いです。ここでの文化体験は、演出されたショーではなく、僧院の礼拝堂で静かに祈りに参加し、家庭でツァンパを共に食べ、雪豹の気配を感じながら山道を歩くような、深く個人的なものです。

ザンスカールでは、歴史に触れるのではなく、それを「感じる」のです。それこそが、この谷が世界でも稀に見る特別な場所である理由です。

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カルシャ僧院:ザンスカール最大の僧院

ザンスカール川が流れる広く穏やかな谷を見下ろすように、山の斜面に張りつくように建つのがカルシャ僧院です。ザンスカール最大かつ最も影響力のあるこの僧院は、遠くから見ると、山肌に流れ落ちる白い滝のような幻想的な姿をしています。

10世紀から11世紀にかけて創建されたとされるカルシャ僧院は、チベット仏教のゲルク派(黄帽派)に属し、約150人の僧侶が生活しています。ここは単なる史跡ではなく、今も日々の祈りと修行が続けられている生きた信仰の場です。礼拝堂に足を踏み入れれば、香の香りと低く響く読経の声、そして時を超えた壁画が静かに迎えてくれます。

迷路のような通路を登り、急な石段を上がると、アバロキテシュヴァラ(観音菩薩)の巨大な像や、数百年前の写経が納められた小部屋にたどり着きます。窓から見えるのは、果てしなく広がるザンスカールの風景。冬になると、山も僧院も息をひそめるように静まり返ります。

カルシャ僧院の最大の見どころの一つは、毎年夏に行われるカルシャ・グストール祭です。この二日間の祭りでは、僧院の中庭が仮面舞踏と祈りの音で満ちあふれ、善と悪の戦いを象徴するチベット仏教の神聖な舞踏が披露されます。色とりどりの衣装と面を身につけた僧侶たちが舞い踊る姿は、見る者の心に深く残ります。

この祭りには、谷の各地から人々が集まり、伝統的な衣装に身を包んで祝祭を楽しみます。それは宗教的な儀式であると同時に、地域社会が一堂に会する貴重な時間でもあります。

カルシャの魅力の一つは、その素朴さです。入り口に看板もなければ、観光案内もありません。車道から歩いて到着すると、出迎えるのは風の音と静寂のみ。僧侶たちはお茶をふるまってくれるかもしれませんし、静かに一礼して読経に戻ることもあるでしょう。どちらも、この場所ならではの自然な歓迎の形です。

実用的な面では、カルシャはパドゥムの中心部からわずか数キロの場所にあり、日帰りでも十分に訪れることができます。文化的な深みを味わいたい方には、ぜひ時間をかけてじっくりと滞在することをおすすめします。

カルシャ僧院は、単なる観光名所ではありません。ここは時間が折りたたまれ、石と祈りがひとつになった場所。ヒマラヤの静けさが語りかけてくる、その声に耳を澄ませてみてください。

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ストンデ僧院:雲の上の静寂

カルシャ僧院がザンスカールの“心”だとすれば、ストンデ僧院はその“魂”のような存在です。パドゥムから約18キロ、谷を見下ろすような断崖の上に建つこの僧院は、まさに空に浮かぶような場所。そこからは、黄金色の大麦畑、蛇行するザンスカール川、そして遥か彼方の峰々まで見渡すことができます。

11世紀、チベットの偉大な学僧マルパ・ロツァワによって創建されたと伝えられるストンデ僧院は、チベット仏教のドゥクパ(赤帽)派に属します。約60人の僧侶が修行し、精神修養と宗教教育、仏教美術の中心地として今も活動を続けています。

この僧院へ向かう道は、険しくも美しいものです。細く曲がりくねった山道を登っていくと、白く塗られた僧院が断崖の上に姿を現します。その神々しい姿は、まるで空に浮かぶ幻のよう。多くの観光地とは異なり、ここでは今でも人の少ない静かな空間が守られており、ひとりで礼拝堂に座り、蝋燭の灯と読経の響きに包まれる時間を持つことができます。

僧院には七つの礼拝堂があり、それぞれに特徴があります。曼荼羅の壁画、パドマサンバヴァやアバロキテシュヴァラの像、手漉きの紙に書かれた経典などが収められています。とくに主礼拝堂の壁画は保存状態がよく、仏教の祖師たちや守護尊の物語が色鮮やかに描かれています。

ストンデ僧院でも、チベット暦の11月に祭りが開かれます。参加者は少なく、素朴で静かな雰囲気ですが、それがかえって深い感動を呼びます。長い法螺貝の音が谷に響き、僧侶たちの舞が始まるその瞬間、まるで夢の中にいるような感覚に包まれます。

写真愛好家には、ストンデの朝日が格別です。山々を柔らかな金色の光が照らし、祈祷旗が風にたなびく様子は、まるで時が止まったかのよう。トレッキングルートとしても魅力的で、カルシャやザングラなどを結ぶ文化回廊の一部として訪れることもできます。

しかし、この僧院の本質は壮麗さではなく、謙虚さにあります。僧侶たちは質素に暮らし、扉は常に開かれ、精神的な静けさが隅々にまで染み渡っています。ここには土産物屋もカフェもありません。ただ、空と岩と、深い沈黙があります。

ストンデを訪れることは、目的地に到達することではありません。それは、沈黙の中に分け入り、世界を見下ろし、私たちがこの地球上でどれほど小さく、そしてつながっているかを思い出す旅なのです。

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ザングラ宮殿:忘れられた王国の面影

ザンスカールは、僧院と祈りの地であると同時に、忘れられた王族たちの足跡が残る場所でもあります。その象徴がザングラ宮殿です。今は風化した石と静寂に包まれた遺構ですが、かつてはこの谷の端で小さな王国が栄えていました。ここでは、女王と冒険家、そして時に抗った民の物語が静かに息づいています。

パドゥムから約35キロ離れたザングラ村は、ザンスカールでも最果てに位置する集落です。村自体は、数軒の民家と段々畑、小さな学校、そして新しい僧院があるだけの静かな場所ですが、その背後の丘の上に、かつての王宮が今も崩れかけた姿で佇んでいます。

ザングラ宮殿が歴史に名を刻むきっかけとなったのは、1912年のこと。フランス=ベルギー出身の探検家で仏教研究者のアレクサンドラ・ダヴィッド=ネールが、ここで王家のもてなしを受けながら数か月間滞在し、チベット仏教の学びを深めたのです。彼女の回想録には、薄暗い石の回廊、揺れるバターランプ、そして世界の果てに立つような感覚が描かれています。

現在の宮殿は、その多くが崩壊し、木の梁が風にきしみ、一部の部屋は瓦礫と化しています。それでも、小さな礼拝室は今も使われており、地元の人々が祈りを捧げに訪れることもあります。宮殿からは、谷全体が見渡せる絶景が広がり、畑、祈祷旗、チョルテンが点在する風景はまさに天空の絵巻物のようです。

歴史好きの旅行者にとって、ザングラは政治、信仰、建築の記憶が交錯する場所です。カルシャやストンデのように宗教中心ではなく、ここでは統治、王族、流転の物語が展開されます。ザンスカールが僧侶の地であると同時に、ひとつの社会として存在していたことを実感できる場所です。

パドゥムからザングラへは車での移動がおすすめです。1日がかりの遠足として、宮殿、村、僧院をゆっくりと巡ることができます。また、近くには尼僧院や古代の瞑想洞窟が点在しており、さらに深い探訪も可能です。最近では、宮殿の一部を安定化させる修復作業も行われていますが、その素朴で手つかずの雰囲気は今も保たれています。

ザングラ宮殿には、華やかな読経や彩色された壁画はありません。しかしそこには、反響する静寂、石に刻まれた記憶、そして時を越えて受け継がれる物語があります。信仰と統治、そして生き残るための人々の知恵が交差するこの場所は、ザンスカールのもうひとつの顔を見せてくれます。

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ザンスカールの僧院への行き方

ザンスカールは、偶然にたどり着ける場所ではありません。ここに来るには、意志と準備、そして冒険心が必要です。しかしその道のりの険しさこそが、旅をより深いものにしてくれます。カルシャストンデザングラへ向かう道は、単なる移動ではなく、都市の喧騒から離れて、山と祈りの世界へと分け入る旅です。

多くの旅行者にとっての入口はパドゥム。ザンスカールの行政・文化の中心地です。以前は、カルギルからペンジ・ラ峠を越えて2日かけてようやく到達するしか方法がありませんでした。しかし近年では、ヒマーチャル・プラデーシュ州のダルチャからシュンキュ・ラ峠を経由する新たな道路が整備され、夏季限定でアクセスしやすくなっています。

最も一般的で美しいルートは、カルギル〜パドゥム間の道です。スル渓谷を通り、標高4,400メートルのペンジ・ラを越え、ドラン・ドラン氷河の脇を抜けてザンスカールへと入っていきます。この道は6月〜10月の間だけ通行可能で、冬期は雪と土砂崩れにより閉鎖されます。

パドゥムに到着すれば、各僧院への移動は比較的短時間で済みます。カルシャ僧院はパドゥム中心部から約9キロ。車でも徒歩でも行ける距離で、朝の涼しい時間に畑の間を歩き、川を渡って向かう道のりは、それだけで十分に価値があります。

ストンデ僧院は、パドゥムから18キロほど北東の丘の上にあります。日の出や日の入りに合わせて訪れるには、地元の運転手つきの車を手配するのが現実的です。自転車や徒歩でのアプローチも可能で、標高の変化や景色の移り変わりを楽しみながら向かう人もいます。

ザングラ宮殿は三つの中で最も離れており、パドゥムからおよそ35キロ。道中は、村々や開けた高原を抜けていき、最後は細くなる山道を登って到着します。この旅路は、単に“アクセス”ではなく、“隔絶”そのものを味わうもの。車両の整備、水や軽食の持参、予備燃料の確認も忘れずに。

ザンスカール内の公共交通は限られており、ほとんどの移動は宿や地元業者が手配するジープを使います。レーでバイクをレンタルし、自力でザンスカールまで走る旅人もいますが、ヒマラヤの道と高地運転には十分な経験が必要です。

どのような手段を選ぶにしても、ザンスカールでは「旅」そのものが聖なる体験です。時間に余裕を持ち、突然の通行止めや橋の崩壊、地元の祭礼による迂回なども“旅の一部”として楽しむ心を持ってください。ここでは、急ぐよりも、立ち止まって風に耳を澄ますことのほうが、大切なのです。

文化体験:祭りと僧院の暮らし

ザンスカールは、ただ「見る」ための場所ではありません。ここは「感じる」場所です。白く塗られた僧院や崩れかけた宮殿の奥には、過酷な自然と深い信仰が育んだ独自の生活文化が息づいています。ザンスカールを知るには、写真を撮るだけでなく、僧侶たちの生活のリズムに身を委ねることが大切です。

一年を通じて、カルシャやストンデ、そしてザングラの周辺では、祈りと儀式に満ちた日常が続きます。特に有名なのは、夏に開催されるカルシャ・グストール祭。普段は静かなカルシャ僧院がこの日ばかりは色と音に満ち、仮面をつけた僧侶たちが神聖な「チャム(仮面舞踊)」を披露します。これは善が悪を打ち倒すことを象徴するもので、深い宗教的意味を持ちます。

寺院の中庭には、大きな法螺貝の音、太鼓の響き、そして燃えるジュニパーの香りが漂い、谷の各地から集まった人々が、色鮮やかな民族衣装を身にまといながら儀式に参加します。信仰の儀式であると同時に、地域の人々が一年で最もにぎやかに集う貴重な社交の場でもあります。

より静かで素朴な祭りは、ストンデ僧院でも行われます。チベット暦の第11月頃(初冬)に開かれるこの祭りでは、規模は小さいながらも、より深い精神性に満ちています。人混みも少なく、空に響く読経の音と祈りの舞は、観る者の心をそっと震わせます。

しかし、ザンスカールの宗教文化の本質は、祭りではなく日常にあります。朝早くに僧院を訪ねると、若い修行僧が蝋燭の灯を運び、長老たちが経典を静かに唱え、奥ではツァンパ(大麦粉)を練っている光景に出会えます。ここでは、信仰は特別なことではなく、暮らしそのものです。

もし運がよければ、プジャ(読経儀式)に参加する機会があるかもしれません。これは見せ物ではなく、ただ静かにそこに“いる”ことが求められる体験です。お香の香りを感じ、僧侶の低い声に耳を澄まし、心が自然と穏やかになっていくのを感じる――それだけで、旅は深くなるのです。

さらに深い文化体験を望むなら、村でのホームステイをおすすめします。地元の家族と一緒に食事をし、生活を共にし、薪をくべる時間や星を見上げる静寂の中で、人と人とのつながりを実感できます。僧院は、地域社会の中に自然に溶け込んでおり、孤立した宗教施設ではなく、人々の暮らしの延長なのだと気づくでしょう。

ザンスカールの宗教文化は、過去の遺産ではありません。今も生き続けている、動的で温かな存在です。その中に静かに身を置くことで、私たちの心の中にも、何かが静かに芽生えていくのです。

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旅の提案:ザンスカールの精神的な巡礼ルート

ザンスカールは、時間をかけて訪れるべき場所です。ただ名所を急いで巡るのではなく、歩き、立ち止まり、静けさに耳を澄ませることで、この地が本来持つ深さを体験できます。ここでは、カルシャ、ストンデ、ザングラを巡る精神的な旅路のモデルプランをご紹介します。

1日目:パドゥムに到着
旅の拠点となるパドゥムに到着。標高が高いため、この日は体を慣らす時間に充てましょう。市場を散策したり、小さな僧院を訪ねたりしながら、ゆっくりとこの地の空気になじんでください。翌日以降の移動手段や宿泊の手配もこの日に済ませておくと安心です。

2日目:カルシャ僧院と村の探索
午前中にカルシャ僧院へ。読経が行われる時間帯に合わせて早めに出発するのがおすすめです。僧院の堂内や回廊を巡り、仏像や壁画をじっくり鑑賞しましょう。昼食後は、カルシャを歩き、地元の人々とのふれあいや、尼僧院の見学なども可能です。希望があればホームステイで一泊するのも、文化体験として非常に豊かです。

3日目:ストンデ僧院へ
朝のうちに、ストンデ僧院へ向かいましょう。車でも徒歩でもアクセス可能ですが、朝の澄んだ光の中での訪問がおすすめです。僧院内では時間をかけて静かに過ごすのが良いでしょう。天候や体力に余裕があれば、近隣の古道を歩いて村と村をつなぐ道を辿ることもできます。パドゥムに戻るか、テント泊などで現地に一泊するのも選択肢です。

4日目:ザングラ宮殿と村の探訪
この日は、谷の奥地にあるザングラ村へ向かいます。道中の景色も素晴らしく、ザンスカールの雄大さを実感できる一日となるでしょう。村に着いたら、丘の上にあるザングラ宮殿を訪れ、静寂と風の中で、王国の面影を感じてください。時間があれば尼僧院や瞑想の洞窟にも足を延ばしてみましょう。宿泊は現地のゲストハウスか、時間に余裕があればパドゥムへ戻るのも可能です。

5日目:自由行動または拡張ルート
この日は余白の日として活用しましょう。気に入った場所にもう一度訪れるもよし、パドゥム周辺の他の僧院(サニ僧院、バルダン僧院など)を訪ねるのもおすすめです。時間が許せば、プクタル僧院までのロングトレッキングに挑戦するのも旅のハイライトになります。

この旅程はあくまでも一例です。ザンスカールでは、あらかじめすべてを決めてしまうのではなく、その時その場の流れに身を任せることが大切です。僧侶にお茶を勧められたら、予定を変えてでも座ってみる。谷が何かを語りかけてくるように感じたら、もう一日とどまってみる。この旅は、心が導く巡礼なのです。

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ザンスカール旅行のヒント

ザンスカールは、一般的な観光地とは異なり、野性味と孤立感、そして深い精神性をあわせ持つ特別な場所です。その素晴らしさを存分に味わうには、事前の準備と旅への心構えが不可欠です。ここでは、ザンスカールの僧院や村を巡る際に知っておくと役立つ、実践的な旅行のヒントをご紹介します。

1. 訪問のベストシーズン
ザンスカールを訪れるのに最適な時期は、6月から10月中旬です。この間は峠が開通し、気温も安定していて、村々の生活も活気にあふれています。10月下旬からは雪の影響で道路が閉鎖されるため注意が必要です。なお、7〜8月は祭りの季節で、カルシャ・グストール祭などに参加できる貴重なチャンスです。

2. 高山病と高度順応
パドゥムの標高は3,500メートルを超えるため、高山病のリスクがあります。到着後は1日は安静に過ごし、十分な水分をとり、アルコールを控えましょう。頭痛や吐き気、倦怠感が出た場合は、無理せずに休息を。体質によっては高山病予防薬(ダイアモックスなど)の携行も検討を。

3. 交通手段と道路事情
ザンスカールまでの道のりは長く、道も未舗装で狭い箇所が多いため、地元の運転手付きの車を手配するのがおすすめです。カルギルやダルチャ方面からのアクセスは、夏季限定の開通であることを確認してください。ジープのシェアも可能ですが、柔軟な行程を望むなら専用車が理想です。

4. 宿泊施設の選び方
パドゥムには、ホットシャワー付きのシンプルなゲストハウスが数軒ありますが、通信環境や電力は不安定です。僧院周辺ではホームステイやキャンプが主な選択肢となります。寝袋やモバイルバッテリーを持参し、最低限の快適さは自分で確保する準備を。

5. 文化的マナー
ザンスカールは信仰と伝統を大切にする地域です。写真撮影は必ず許可を得て行いましょう。僧院内では帽子を取り、靴を脱いで静かに行動するのが基本です。地元の人々に敬意を払い、大声で話さないことも重要です。学校用品やソーラーライトなどを寄付として持参するのも歓迎されます。

6. 持ち物と装備
朝晩は寒く、天候の変化も激しいため、重ね着しやすい防寒着は必須です。日差しも強いため、日焼け止め、サングラス、リップクリームなども忘れずに。道路状況が厳しいため、応急処置セット、ヘッドランプ、水の浄化タブレットなども便利です。

7. 通信と現金の管理
ザンスカールでは、携帯電話の電波はBSNL以外はほぼ圏外です。ATMもなく、デジタル決済も不可なので、現金(小額紙幣中心)を十分に持参してください。充電環境も不安定なので、複数のモバイルバッテリーが役立ちます。

8. 持続可能な旅を意識する
ザンスカールの自然と文化はとても繊細です。ごみは必ず持ち帰り、ペットボトルの使用を控え、地域の宿や食事を利用して地元経済を支えましょう。急がず、丁寧に、地元のリズムに寄り添う旅が、ここでは何よりも大切です。

しっかりとした準備と、オープンな心を持ってこの地を訪れれば、ザンスカールは単なる「旅先」ではなく、人生の記憶に深く刻まれる「体験」となるはずです。ここには、風に語られ、山に抱かれるような時間が、確かに存在しています。

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まとめ:ザンスカールの遺産が語りかけてくるもの

世界がますます速く、忙しくなっていく中で、時間がゆっくりと流れ、呼吸が深くなり、心が静まる場所が今も存在します。ザンスカールは、そんな稀有な場所の一つです。カルシャストンデザングラの三つの地を巡れば、静かで力強い“何か”が心の奥に語りかけてくるのを感じるでしょう。

これらの場所は、ただの観光地ではありません。ザンスカールに根ざしたチベット仏教の長い歴史と精神文化が、今もなお生き続けています。王や僧侶、修行者、女王、村人たちの祈りや営みが、この地の石や風に刻まれているのです。知識や平和は、派手なものではなく、静けさとともにここに存在しています。

カルシャの礼拝堂で祈りの声に耳を澄ませ、ザングラ宮殿の石壁に触れ、ストンデの断崖の上から朝日を眺める。そんなひとつひとつの体験の中で、過去と今、そして私たち自身の内面がつながっていくのを感じるはずです。

ザンスカールの遺産が今も意味を持つのは、私たちに別の生き方を見せてくれるからです。都市の喧騒や情報の渦から離れたこの地では、人と自然、祈りと時間が静かに調和しています。僧侶の読経、祖母の織る布、旅人に差し出されるバター茶の一杯。そのすべてに、忘れかけていた何か大切なものが込められているのです。

やがて、ザンスカールにも道路が伸び、観光客が増え、変化の波が押し寄せるでしょう。それでも、この地が本来持つ精神性や人の優しさ、そして文化の重みを守っていくことは可能です。訪れる私たち一人ひとりが、その守り手となるのです。

ですから、どうかこの地を訪れるときは、敬意と好奇心、そして感謝の心を持って旅してください。写真やお土産だけではなく、心の深いところに静かな感動と学びを持ち帰っていただけたらと思います。

ザンスカールの遺産は、私たちにこう語りかけています。「静けさの中にこそ、本当の声がある」と。