一日をしまっておく場所
04:38
ストーブには、ストーブの忍耐がある。光が来る前に、光を可能にする小さな手順がある。マッチ箱を手探りする指先、部屋じゅうを起こさないようにそっと持ち上げるブリキのふた、最初は擦っても火がつかず、二度目でようやく捉える。冬の炎はほとんど青く見える。夏のそれはただ素早い。まるで、ずっと待っていたかのように。

04:54
やかんに水を入れる。多くはいらない。お茶に足りるだけ。口を温めて言葉が出るようになるだけの量。外では、中庭が闇の中にあるさらに濃い影になっている。どこかで犬が向きを変えて、また身を落ち着ける。どこかで、冷えた屋根がわずかにきしむ。
05:07
最初の一杯は、楽しみというより調整だ。塩、バター、少しの力。日々は、戸口の外で始まる前に、まず身体の内側で始まる。
05:23
ショールをきつく引き寄せ、ほどき、またきつくする。その癖は谷と同じくらい古い。調整し、受け入れ、続けていく。隅ではラジオが小さくつぶやく——天気、歌、今日あなたが目にしない場所の名を告げる声。部屋には昨夜の煙の匂いがかすかに残っている。
05:41
踏み固められた土の上の足音。かんぬきが持ち上がる。最初に吸い込む空気は鋭い。まだ山は見ない。まず、やるべきことを見る。
05:52
中庭の蛇口は最初は何も出さない。それから細い糸のような水が現れ、少し強くなり、また止まる。ラダックでは、水は背景の細部ではない。水は予定表だ。都合のいいときにではなく、満たせるときにバケツを満たす。

06:08
たらいを地面に置く。布を浸し、絞り、また浸す。顔、手、首のうしろ。冷たさは正直だ。眠りに残る柔らかさをきれいに拭い去る。
06:21
やかんをもう一度なだめる。お茶は「前」と「後」をつなぐ蝶番になる。二杯目は、必要よりもお茶らしく、必死さが少し薄れる。
06:37
物置の扉が引っかかる。いつも引っかかる。肩を押し当てる。袋を手前に引きずり出す。小麦粉の粉が舞い、沈み、すくうたびにまた舞う。
06:52
生地をこねる手つきには、ロマンスの入る余地がない。水、小麦粉、塩。手のひらのかかとで強く押す。回す。もう一度押す。生地が滑らかになるのは、そうならなければならないからだ。
07:11
子どもが咳をする。子どもが寝返りを打つ。子どもは起きていないふりをする。きちんと「朝」に呼ばれるのを待っている。大人は急かさない。急ぐのは道のためであって、部屋のためではない。
07:26
平たい鍋が熱を持つ。最初のパンはいつだって完璧ではない。金属の温度に、火の機嫌に、いったん捧げる。次は少し良くなる。三枚目が、ためらいなく出せる一枚だ。
07:49
ブーツを見つけ、次にもう片方。靴下を引き上げ、いったん下ろし、また引き上げる。身体が朝と交渉する。ジャケットのジッパーを上げる。スカーフを一周巻く。外に出す顔を組み立てる。
08:03
鞄を詰める。ノート、充電器、小さなビスケットの包み、まだ熱を覚えている水筒。鍵がポケットにあるか確かめ、また確かめる。扉を開け放しておく村でも、鍵には鍵なりの安心がある。
08:17
中庭の門が小道へ開く。道はもう始まっている。隣人が飼料を運ぶ。坂を下るのが怖くて信じられないほど古い自転車を男が押していく。二人の女性が速く歩く。速く見せずに速い。会話を歩調の中にきちんと折りたたんで。
08:31
商店のシャッターがきしみながら上がる。最初の客は客ではない。日がほかの要求で混み合う前に、その日に必要なものを受け取りに来る人たちだ。レンズ豆。マッチ。お茶の小袋。レモンの匂いのする石けん。
08:47
車が荒い執念で始動する。運転手は空ぶかししない。耳を澄ます。エンジンが「同意する」と決めるのを待つ。そうなったら、まだ道が眠っているかもしれないというふうに、ゆっくりと走り出す。
09:02
仕事は儀式なしに始まる。帳簿を開く。電話に出る。やかんに水を足す。ラダックにも公式の営業時間はある。けれど本当の時間は、天候、結婚式、病気、通行止め、そして補給トラックの不思議な論理に縫い付けられている。
09:24
メッセージが入る。今日は道が遅い。曲がり角の向こうで石が滑ったのだろう。さらに向こうでは車列が止まっているのだろう。それは騒ぎではなく情報だ。ここでは予定は砕けない。やわらぎ、形を変える。
10:08
お茶休憩は、誰かが求めるからではなく、身体が知っているからやってくる。カップが注がれる。ビスケットが割られる。誰かがカルギルの従兄の話をし、誰かがデリーの姪の話をし、誰かが軍にいる息子の話をする。谷は、別の場所にいる人で満ち、待っている人で満ちている。
10:36
太陽がきちんと窓に届く。埃が見えるようになる。ほうきが現れる。床が大きな弧で掃かれ、しばらくのあいだだけ部屋が広くなった気がする。
11:12
折り返しの電話をかける。遅れたことへの小さな謝罪を添える。遅れが生活の通常の形だとしても。相手の声は受け入れる。同じ天候、同じ道、同じ静かな折衝の中で生きているからだ。
11:49
昼食は断片で考える。すでにあるもの。すぐ作れるもの。伸ばせるもの。鍋がストーブにかかる。玉ねぎが刻まれる。包丁がまな板を打つ一定のリズムが、ひとつの安心になる。
12:23
湯気が上がる。レンズ豆がとろりとする。青菜をひと握り洗って加える。食事は複雑ではない。そこにあるからこそ、ちゃんと良い。
12:58
食べ物が出される。皿が回る。立ったまま食べる人がいて、座布団に座る人がいて、小さな誰かに食べさせる人がいる。最初は拒み、次に受け入れる。テーブルはテーブルではない。人と人のあいだの空間だ。
13:36
短い凪。昼寝ではない、正確には。身体が帳簿をリセットするための一時停止のようなもの。ショールを膝にかける。目を三分だけ閉じる。開ける。日々は続く。
14:09
畑へ、果樹園へ、あるいは水路を「公平」に近づけられる場所へ歩く。水は説得しなければならない。石を動かす。土の小さな堰を手で形作る。流れが向きを変える。いまのところは従順に。
14:47
手は濡れた土の匂いになる。爪の間に谷がたまる。布で手のひらを拭いても、仕事は消えない。ラダックでは、手がきれいでいられるのは一時的で、それでいい。
15:18
子どもが学校から戻る。学ぶこと特有の疲れを連れて。靴が蹴り脱がれる。不満が現れる——宿題が多すぎる、寒すぎる、先生の叱り方がきつすぎる。不満は聞かれる。解決はされない。
15:44
またお茶。いつもお茶。水筒が開けられる。中の熱は、ひとつの議論に勝ったみたいに感じられる。
16:07
延ばせない用事。年長者の家を訪ねる。隣人の屋根を見ておく。薬局に寄って、金属の味のする錠剤を受け取る。村はこうした小さな責任の糸で動く。結ばれ、ほどかれ、また結ばれる。
16:53
光が変わり始める。ようやく山が「見ろ」と言い張る。けれどそれでも主役ではない。山は、あなたが暮らす部屋の壁だ。長年あなたを支えてきた家を眺めるように、山を眺める。
17:26
家に戻り、ストーブがまた起こされる。薪が組まれる。鍋が洗われる。米は目分量で量られる。誰もレシピを開かない。誰もが記憶を参照する。
18:02
夕食が、手慣れた節約で整っていく。誰かがにんにくを刻む。誰かがレンズ豆をすすぐ。誰かが圧力鍋の様子を見て、火を弱める。あの音は、一度覚えたらそれきりだ。
18:41
夕食を食べる。身体と湯気で部屋が温まる。会話がほどける。冗談が決まる。誰かが袖に笑いを落とす。一瞬、今日が寛大に思える。
19:18
皿洗いは熱い湯で、すぐ冷める湯で。布巾が強く絞られる。カップは伏せて乾かされる。台所は、準備してもしなくてもやって来る朝のために、整え直される。
19:57
スマートフォンを確認する。メッセージを読む。短い返事を送る。外の世界は画面を通して押し入り、道具のようにポケットへ戻される。
20:26
床をもう一度掃く。今度は軽く、必要より象徴として。毛布を振る。小さな衣類の山を畳む。日が集められ、しまわれる。
21:03
最後のお茶が注がれる。薄く、口のためより手のために。誰かが戸口に立つ。星が多いのは、この場所が魔法だからではない。遮るものが少ないからだ。
21:37
扉にかんぬきをかける。ショールは、見なくても手に取れる場所へ置かれる。子どもをもう一度確かめる。安心は視線だけで届けられるかのように。

22:11
灯りを消す。闇が満ちる。ここではいつもそうだ。終わりとしてではなく、別の種類の避難所として。明日の用事は書き出されない。ただ、知っている。
22:26
一日を要約しない。もっと大きな意味にしない。目を閉じ、体重を心地よさへ移し、朝にマッチを探すように眠りへ手を伸ばす。
著者紹介
シドニー・モレル(Sidonie Morel)。ヨーロッパを拠点に旅と暮らしの境目を描くトラベル・コラムニスト。ラダックでは、予定ではなく手の動きとして一日の時間を記録している。
